外車ちゃん

昔書いたやつもあるよ!

私の30歳の誕生日は三軒茶屋のキャロット・タワーで

冷静と情熱のあいだ』という映画を観た。
辻仁成江國香織の共著が原作で、竹野内豊ケリー・チャンが主演の映画だ。
 
"あの瞳も、あの声も、ふいに孤独の陰がさすあの笑顔も。もしもどこかで順正が死んだら、私にはきっとそれがわかると思う。どんなに遠く離れていても。二度と会うことはなくても。"
 
 
ケリー・チャン演じるアオイはいわゆるハーフの留学生で、その出生からか“自分の居場所を探している”女の子だ。
 
映画の中でアオイは順正に言う「私の30歳の誕生日は、フィレンツェのドゥオモで」と。
 
30歳にもなれば、フィレンツェのドゥオモで待ち合わせ出来るようになっているものなのだろうと思っていたけれど、私はいまだに外国を自由に飛び回ることが出来ない。
 
強いて言えば、アオイみたいなベージュのネイルカラーと、シャツが似合うようになったくらいかな。それはきっと歳を取れば誰だってそうなるかもしれないけれど。
 
 
キャロットタワーの展望スペースは無料で利用出来る。のどかな世田谷の景色が一望出来る場所だ。もっと東京らしい景色が見たければ、カフェに入らなければならない。
 
「今度、あそこのカフェでご飯食べたいね」
 
三軒茶屋で一緒に暮らしていた恋人とよく話していた。私の身体を作り、私の心を保っていた恋人と。
 
しょうもないことで落ち込んでいる時は「しっかりしろ!!!」と叱るけれど、本当にしんどい時はちゃんと気付いてくれる、すごい人だった。
 
 
“私の30歳の誕生日は、三軒茶屋キャロットタワーで”
 
そのレベルの女にしかなれなかったと悲しむべきなのだろうか。おまけに、もう彼はいないし。
 
 
彼と別れてから、色々な人とデートし、わりと良いところでご馳走になったりした。
 
それでも、あの豚汁や、素麺や、焼き魚や、お好み焼きや……ああ、クリスマスのチキンライスは格別に美味しかった(チキンライスはあまり好きじゃなかったのだけれど、コーンがとても美味しくて、それ以来チキンライスが好きになった。もっとも、あのチキンライスだけだけれど)。
 
どんな高級店の料理も、彼の料理には敵わない気がする。だって、いくらお金があったってもう食べられないのだから。
 
 
大喧嘩した時に「ちょっと時間が欲しい。頭を空っぽにしたい」とLINEが着たから「頭が空っぽだと夢詰め込めるから?」と返信したら、笑いながら電話してきて「明日はね、シチューを作るんだ。余るかもしれないなあ。食べにくる人~?」なんて許してくれるところも好きだった。
 
 
おかわりをしないと拗ねるから、私の胃袋はけっこう苦しかったけれど、そのせいだけじゃなく、時々、涙が出た。彼の美しい太ももに垂れる涙を見つめる私に「早く食べてよ、もう!」「美味しい?ねえ美味しい?」と何度も言うから、笑ってしまった。
 
 
私が認められるために躍起になっている時に「ねえ、キミに必要なことはそういうことじゃないでしょ?どうして分からないの!!!」と怒られたんだ、世田谷公園で。
 
もっと身体を大事にして。ニコニコして。少しは料理も勉強しよう。僕がいないと生きていけないじゃないか、って。
 
確かに別れてからの私は、生きているようで生きていない。王子様が現れるのを待っているけれど、いまだに誰のことも好きになれずにいる。
 
彼と会っているあいだは控えていたお酒も、今じゃ好き放題に呑んでいる。
 
 
“私の30歳の誕生日は、三軒茶屋キャロットタワーで”
 
そんなことすら言えないけれど、ああいう恋が出来ただけで良かったかなと思う気持ちと、いやいやいや!終わり悪ければ全て悪しでしょ、という気持ちと闘っているよ。あなたが言ったようにニコニコ明るい人になったはずなのに、あなたほど愛してくれる人は現れない。
 
 
 
“私の30歳の誕生日は、三軒茶屋キャロットタワーで”
 
付き合う前によく待ち合わせしたTSUTAYAの前で今まで何やってたんだよってぶん殴られたい。
あなたはそんなことしない人だって分かっているけどね。
そうして一緒にいつものスーパーで食材を買って、あなたの作ったご飯が食べたい。出来ればあの頑固おやじのケーキ屋さんのケーキがあれば嬉しいけど、もうワガママは言わないよ。